そりゃあお前さん、野暮ってものだよ。
この響きが好き。流行らせたい。
このところツイッターはじめSNSに触れることが増えました。自分より楽器やカメラ、自転車に詳しい人の話を聞くのと、きれいな写真を見るのが楽しいのでよく見るようになったのですが、同時に結構な頻度で、そう言ったモノについての論争を見かけるようにもなりました。他人の使っているモノを取り上げてダメなところを指摘する。親切心から始まっている指摘なのでしょうが、大抵言い争いに発展しています。
僕が使っているペンタックスのカメラなんかは結構標的になりやすくて、オートフォーカスが遅いだの、レンズが少ないだの、果てはメーカーが終わってるだの散々な言われようです。
あまり楽しいものではないので詳しく観察はしていないのですが、こういうケースではお互いが自分なりの正論をぶつけていることが多いです。各々の言っていることは決して間違っていない。間違っていないからこそ譲れない。だからこそ論争に発展し、それを見かけた誰かがどちらかに肩入れすることで、さらに論争が広がっていく印象です。
みんな正論が好きなんですね。
自分が正しいことを示したいし、それを示せる場がある。そういう状況で言いたい欲求を抑えるのは難しいことなのかもしれません。でも他人のやることに口出すって言うのは
そりゃあお前さん、野暮ってものだよ。
SNS上で見かける論争にもっとも適当な表現だと思います。
他人が指摘してきたことに対して『間違っている』と反論すれば『間違っていない』と言う正論が返って来ます。『他人のことに口を出すな』と言えば『親切で言ってやってるのにその態度は何だ!』と言う正論が戻ってきます。そして自分の思う正論で反論できる限り、言っている人は自分は悪くないと正当化できてしまう。
でも野暮と言われたら正論では返せないと思うんです。言い返すとしたら『そんなことない。粋だ!』なんでしょうが、ネットでの論争を粋と言える人はさすがにいないだろうし。だからネット上の無意味な論争を形容するのに、これ以上適当な単語は無いような気がします。
デジタル大辞泉の解説
『人情の機微に通じない』
SNSで散見される論争の原因のほとんどがこれなんでしょう。ペンタックスのカメラを使っている人のほとんどは、使っている楽しさを伝えたくて、写真を見て欲しくてSNSを使っています。性能が足りずに困ることもあるけど、それも踏まえて気に入っている、もしくは憎めない。そうでない人はとっくに他のカメラに乗り換えているのでしょう。そういう人に対して『ペンタックスは性能が悪い』と言うのは野暮。
仕事に使うのでない限り、道具と言うものに求められるのは愛着です。僕にとってはオートフォーカスが合わないペンタックスも、オートフォーカスすらないライカも、向かい風に弱いBromptonも、普通のギターより鳴りにくいミニギターもみんな愛着のある道具。欠点も知った上での愛着なわけです。
それなのに欠点を指摘したがるなんて、そりゃあお前さん、野暮ってものだよ。
流行んないかな…。