よたろぐ

弾き語り、おりたたみ自転車とカメラのブログ

東京の再開発と、ひとの感覚について

オリンピックが近づいていることもあって、東京の再開発が凄まじいです。どこもかしこも現存の建物を解体しており、2020年に向けて新しい建物がたくさん建つのでしょう。


魅力のない建物が…。


そもそもオリンピックだから建物を建てるべし、という感覚の人たちのセンスが良いわけがありません。建物は街を作るもの。でも彼らに景観を考えられるわけがない。せいぜい『他のビルよりいいものを作りたい』と思う程度で、ビルにガラスを多用したり、エスカレーターの配置を複雑にする程度。結果、どこも同じようなビルが立ち並び、同じような店が入り、面白くない街の完成です。


一番の問題は、(想像だけど)こういった開発の意思決定を爺さんたちがやっていること。『新しいものはいいことだ』と言うのは老人の発想。現場にいるのは若い人でも、爺さんの意思が色濃く反映されているのでしょう。建物や街は数十年単位で維持されるもの。数十年後にいない人が決めるべきではありません。


私企業の場合はコントロールが難しいのはわかります。なので、役所が規制をかけて街を作っていくべきなんですが、役所の高齢化はもっとすごそう。オリンピック関連のニュースを見ていると、出てくるのはご老人ばかり。レガシーが『レガシー』とか言ってます。そもそも『クールジャパン』ってダサい名称はなんなんだ?そして日本にはアニメしかないのか?等々、役所の方針も疑問だらけの状況です。


日本にもいい街やものはたくさんあるのに、老人のセンスで物質的にわかりやすいものだけが提供されていく。


さらなる問題は、周りにそう言ったものが増えていくと、ひとの感覚がそれに慣れていくこと。おそらく老人の示す方向性を『そういうものだ』とか『いいものだ』と感じる人も多いでしょう。


タワーマンションなんかがその例なのかな?と思いますね。異常な量の世帯を、景観を破壊する高層ビルに詰め込む。そして狭い敷地面積に、図面上見栄えの良い部屋数を押し込む。それでも、タワーマンションって素敵だよね、って感覚になっている人は多いのだと思います。


よい音楽や楽器の音は、よいものに触れていないとわからなくなってしまいます。きっと街も同じ。まだまだ日本にある綺麗な街を見て、東京の方向性を考えてもらいたいと東京出身者は思うのです。このままだと、円安の時に海外観光客が来るだけの街になってしまうと思います。