イギリスの郊外での暮らしと旅日記

ロンドンの南西 Guildfordという町で暮らしています。イギリスの暮らしと、旅(主に出張)、お酒と音楽の話を、あてどなく綴ります。

浄土寺 @尾道

尾道は地震が少なく、気候も穏やかなことから古い建物が残っているそうです。階段を上ると顔を出すお寺、とても風情のある光景です。

 

ブラタモリでも訪れていた浄土寺。本堂と多宝塔が国宝。伽藍配置の敷地自体も国宝。

 

聖徳太子が建立したとも言われる由緒あるお寺。そこに地元の人がお経を唱えに来る。そんな景色は国宝であることよりもずっと価値のあることにように思えます。

 

ゆっくり滞在してみたい。そしていつか住んで見たいと思わせる町です。

 

2017-10-06 尾道

 

2017-10-06 尾道

 

2017-10-06 尾道

 

2017-10-06 尾道

 

2017-10-06 尾道

東京への一極集中の違和感

文部省が大学に対して東京での定員増加を禁じる通達を出したようです。

 

東京に校舎を持つことで学生を増やしたい大学にとっては厳しい通達のようです。そもそも校舎の場所で魅力を出そうとするような大学は、すでに大学として成立していないので廃止してしまってもいいような気がしますが…。

 

このニュースを見て、日本とイギリス(多分他のヨーロッパも)における郊外の状況の差をあらためて思い出しました。

 

日本の郊外は活気がないだとか、人がいない、シャッター商店街ばかりと言うような話をよく聞きます。これに対して、イギリスの郊外の町や村はとても元気です。僕の住んでいるGuildfordはロンドンから50km程度の距離にありますが、土日の商店街は混雑していますし、平日でも夜はパブやレストランは大抵混雑しています。

 

別にGuildfordが特別によい町だと言うわけではありません。他の郊外の町も大抵活気があります。もちろんロンドンは人気のある土地で人口は飛び抜けています。でもその60%は外国人。イギリスの人は割と地方を好むイメージです。僕もGuildfordの家を選んだ時『イングランドの生活を体験したいのならよい場所だね。』と言われました。日本のように都市での生活に憧れがある人は多くない気がします。

 

日本人はなぜ都市に出たがるのか。それには2つの理由があるように感じます。

 

まず、郊外の町や村が開発をしすぎて町としての魅力を失っていること。日本の郊外の町や村へ行くと、新しいか古いかは別にして、大抵立派なアーケードのある商店街とか、大きな駅前のロータリーだとかの開発の跡が見られます。そしてこの開発の跡が、町としての魅力を失わせています。老朽化しているアーケードなんか最悪ですよね。サビが出ることでゴーストタウン感が出てしまう。逆に、新しい設備は他の場所と似ていて魅力を感じない。

 

町ですることなんて、大したことはないんです。ただ歩いて、食事をして、友人や家族と時間を過ごす。そのために開発なんて必要ないですよね。そこにある自然や、昔ながらの街並みを残しておけばそこで過ごす時間は素晴らしいになります。そう言った可能性を地方は自ら壊してしまっている気がしてなりません。だから人が離れて行ってしまう。

 

もう1つは日本人の自我が弱いと言うことです。他人と同じことをしていると安心する。逆に違うことをすることに劣等感を感じる。

 

例えば、日本とイギリスとを比べると日本人の方が小綺麗な服を着ています。新しいしおしゃれ。イギリスの人は古いおしゃれでもない服ををいつまでも着ています。服装を他人にどう見られるかはそれほど気にしていないし、他人の服装を気にすることもない。それは自分の在り方に自信があるからだと思います。日本人にはこの自信がありません。

 

だからおしゃれをしていることで安心をするのだろうし、東京に行くことで安心するのかもしれません。冒頭のニュースで東京の校舎に通う大学生が『青山とかのおしゃれなカフェで美味しいお茶を飲めるのが良い』と言っていました。本当は、青山で美味しいお茶を出すところを見つけるのはとても難しい。内装だって悪趣味なところが多い。だから『みんながおしゃれと言う青山に近いのが良い』という意味なのでしょう。そう言う周りと合わせたいと言う気持ちが東京に来る理由の一つなのだと思います。

 

本人が幸せならば、他人がとやかく言う問題ではないですが、満員電車で混雑ばかり、モノやサービスの質も低い東京に人が集中するのはなんとなくもったいないなぁと思うわけです。日本の地方にはまだまだ魅力的な場所がたくさんあります。そう言うところに人が分散する工夫をできたらいいのにな、と冒頭のニュースを見て感じました。