イギリスの郊外での暮らしと旅日記

ロンドンの南西 Guildfordという町で暮らしています。イギリスの暮らしと、旅(主に出張)、お酒と音楽の話を、あてどなく綴ります。

オーバーアクションが生む円滑なコミュニケーション

イギリスに来た人が驚くことの1つに、運転がしやすいということがあります。ほとんどのドライバーのマナーが良く合流や右折で困ることはありません。例えば、僕の行動範囲では、日本のように合流時にいれてもらえない言うことは今まで1度もありませんでした。だからイライラして運転したことはほとんどないと思います。(ごくたまに半端じゃない渋滞をするのでそのときはイラつきます)

 

紳士の国だからと言ってしまえばそれまでなのかもしれませんが、このような運転マナーはコミュニケーションのうまさから来るのかな、と思います。イギリスで運転する機会があったら道を譲ってみてください。譲ってもらった側はあなたの目を見て満面の笑みで大きく手を上げたり、親指を立てたりしてあなたの行為にお礼を言ってくれます。そのアクションの大きさは最初びっくりするレベルです。

 

それが嬉しい。本当にこっちまで笑顔になるようなオーバーアクションです。だから道を譲ってよかったな、と思うんです。そして譲れるときは譲ろうと言う気持ちになる。

 

逆に自分が譲られたときは、ちゃんと目を見てお礼をしようとします。親指を立てるのは恥ずかしいけれど、笑顔で大きく手をあげるようにはなります。自然にそうなるんです。こう言う循環がよい運転マナーを生み出しているのだと思います。

 

こう言う前向きさと言うのは学ぶところが多いな、と思います。日本人は礼儀正しいとか、マナーが良いと言われますが、それは道徳・倫理といった規範に従わなければいけないと言う義務感から来ているもの、すなわち社会から強制されているものです。これに対してイギリスの人たちのマナーは個人が自分の意思でやっているもの。この違いが許容性の差、ひいては住みやすさにつながっていくのだと思います。

 

日本において礼儀正しさをはじめとする規範は、日本という社会にいる上で当然身につけなければいけないものです。身につけられないのであれば日本という社会にはいられない。できない人は排除されることになります。これに対してイギリスの礼儀正しさに強制力はない印象があります。個人の意思でやっているのだから他人に対する強制はしない。だからそこから外れても違いとして認められる。僕が住みやすいと感じるのはそういう部分も大きいと思います。

 

そう考えると、日本が国境を開いても外国人はあまり来たがらないような気がします。規範から外れたものに対する許容性がなければ、外れても気にしないような少し危なめの人しか来ないでしょう。もう少し許容性の高い社会を目指していく必要があると思います。