イギリスの郊外での暮らしと旅日記

ロンドンの南西 Guildfordという町で暮らしています。イギリスの暮らしと、旅(主に出張)、お酒と音楽の話を、あてどなく綴ります。

議論をする上で基本となるのは自分の立場に責任を持つことだと思う

この記事、警察に対して否定的な論調のみになってしまっているようですが、少し違和感があります。

 

 

構図としては、万引きで現行犯逮捕されたAという少年がBとCと言う少年に万引きを強要されたとし、警察がBとCを任意聴取。その際に警察が暴言を吐いたというものです。警察の対応を見る前に、AとBおよびCの関係を見てみると、いじめの典型的なパターンであることがわかります。それも最悪なケースに至ってしまうパターンによく似ています。

 

いじめている側が金銭を要求し、それができなくなると犯罪行為を行わせる。それを苦にしていじめられている側は自殺してしまう。こういう例はたくさん報道されてきました。そして、そのような事例に対して警察が介入しなかったことを責める論調も多かったと記憶しています。

 

今回は警察がきっちり介入し、いじめの事実を確認するために努力をしました。中学生ともなれば自分の行ったことを隠すこともできる。そして隠し通せば、その後さらにいじめがエスカレートするかもしれない。そうであれば、厳しく対処し、問題の所在を明らかにすると言う行為は妥当である気がします。

 

暴言に問題が無いと言っているわけではありません。今回のケースがいじめでなかった可能性もあります。ただ、いじめの問題であったと仮定して、このような時にどのような対応まで許されるのかということを考える必要があると思います。

 

極端な言い方をすれば、今回警察を批判するのであれば、いじめ問題については警察の介入を期待すべきでは無いと思います。被害者は救ってください、加害者には子どもらしく丁寧な扱いを、と言うのは警察にとっては酷です。

 

個人的には、この件は以下の点が問題だったと思っています。

署員から黙秘権は告げられず

捜査の結果、万引きの強要は確認できなかったとしている。

 

聴取は適正な手続きを経て行われるべきですし、周りの話も聞いて本当にBとCが万引きを強要した事実がありそうなのかを確認してから聴取すべきだったのでは?とは思います。ただ、暴言そのものが問題だったとは感じません。仮に事実であった場合、それ以上に深刻な問題が背後にある可能性があるわけなので。もちろん事実が確認できなかったのですからBとCに対しては個別の謝罪は必要です。が、一方で警察がおかしなことをしたとは言えないと考えています。

 

ただ、この稿の趣旨は今回の警察の行為の是非ではありません。他人を叩くのであれば、叩く側は自分の立場に責任を持って叩くべきだと言うことです。今回警察を批判した人が、今後いじめの問題に警察の介入を望むことがあれば、それは破綻した議論で耳を傾けるに値しないものだと思うわけです。