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イギリスの郊外での暮らしと旅日記

ロンドンの南西 Guildfordという町で暮らしています。イギリスの暮らしと、旅(主に出張)、お酒と音楽の話を、あてどなく綴ります。

移民もしくは外国人の側が考えるべきこと~国民投票に思う その2

日本の報道では、イギリスが国民投票で下した結論について失望感が広がっているようです。EUの問題を移民政策に矮小化してしまい、自国のみならず世界経済にまで悪影響を与えてしまった。移民や外国人に対する考え方が狭量になってしまったと言う論調が聞かれ始めました。

 

個人的にはこれらの論調に違和感を感じています。確かに僅差の判断で、これで結論付けていいのかと言う気はしますが、まずはこの結果に真摯に向き合うべきではないかと思います。

 

離脱に投票した人は移民問題を中心に考え、経済を含めた広い視野を持てなかったのか?

そうではないでしょう。経済的な悪影響は理解しています。特に今回はイギリスが最も悪影響を受けるでしょうから。それでも移民政策が最優先だと判断したのだと思います。

 

移民や外国人に対する考え方が狭くなってしまったのか?

おそらく今でも英国民は外国人に寛容な国です。少なくとも僕が訪れた国の中でイギリスは最も外国人に開かれた国の1つだと思います。ロンドンは外国人居住者が過半数を占めていますし、外国人比率の比較的低いGuildfordに住んでいる僕も肩身の狭い思いをすることはありません。それはいまも変わっていません。

 

外国人に寛容なイギリス人が、経済への影響も考えた上で移民問題を優先しEU離脱を決断した。僅差とは言え、それが実情なのだと思います。

 

ひとりの外国人として感じるのは、この国の外国人がものすごく伸び伸びしているということです。イギリス国民と変わりない手続きで社会保障を享受し、自由にお店やレストランを開き、自国民の集まる地域を形成していく。そしておそらく外国人の側はそれを権利として認識している。

 

EUの政策もあるのでしょうが、英国民の寛容性によって築かれてきた権利だということを、我々外国人がきちんと理解してきたかと言うと少々疑問です。

 

少なくとも、我々は英国民に与えてもらった権利を理解し、この国の文化やシステムを尊重する姿勢を持つべきだと思いますが、おそらく今はその姿勢が欠けています。権利は人間として等しく持っているもの。だから行使できる。理屈はその通り。でもその権利はそれぞれの国で勝ち取ったもので、本来その権利は自国で行使すべきものだと思います。

 

英国民はその権利を外国人に開放することを選んだ。おそらく日本では絶対に到達することのないレベルまで。ただ、その英国民の決断を外国人の側が尊重することができなかったのではないか?その結果として、今回移民に対して厳しい決断が下された。背景としてこういった部分もあるように思います。

 

住んでいる移民・外国人の生活に直結することなので、この決断に対する評価は非常に難しいものです。特にここまでの僅差だとその正当性の評価は難しい。それでも英国民の側に立った考えも必要だと感じています。

 

日本ではタトゥーで銭湯に入ることすら議論になるわけですからね。離脱派の立場をもう少し慮ってもよいのではないかな。